特養ホームさくら苑死亡事故

「介助に過失」浴室で転落死 特養ホーム入居女性
朝日新聞 2007年08月30日01時36分

東京都東大和市の特別養護老人ホーム「さくら苑(えん)」で、
入居していた89歳の女性が浴室で頭を打って死亡する事故があり、
同苑は29日、職員の介助の仕方と施設の管理に
過失があったことを認めた。2人で行う作業を単独で行い、
女性を床に転落させたという。同苑はこうした作業の実態を
以前から把握しながら、改善策を十分に取っていなかった。

同苑によると、女性は21日夕、施設2階の浴室内で入浴に使う
ストレッチャー(高さ約1メートル)から転落。後頭部などを打った。
当時、介助はヘルパー1級の資格を持つ男性の派遣職員(51)が
担当していた。この職員は苑側に対し「女性を台から更衣用のベッドに
移すため持ち上げようとした際、落としてしまった」と話しているという。

同苑は29日、記者会見を開き「職員の介助の仕方と苑の管理に
過失があったことは事実」と説明し、謝罪した。

特養ホームさくら苑:死亡事故 「1人介護」常態化 /東京

◇施設も把握、指導徹底せず
東大和市の特別養護老人ホーム「さくら苑(えん)」
(米持尚利苑長、定員80人)で、男性職員(51)が
寝たきりの女性入居者(89)を入浴介護中、落下させて
死亡させた業務上過失致死事件で、男性職員は一人で女性を
ストレッチャーからベッドに移そうとしていたことが
29日分かった。入浴中は2人以上で介護することになっていたが、
指導が徹底されていなかった。東大和署は業務上過失致死の疑いで
詳しい事情を調べている。

同日、会見した米持苑長によると、男性職員は以前から1人で
女性を抱きかかえてベッドに移していた。当時、浴室内にいた
女性職員も別の入居者の入浴介護中で、落下を見ていないという。
同苑はこうした「1人介護」を知りながら、指導を徹底していなかった。
(中略)
同苑では昨年8月、別の男性職員が認知症の女性に
暴言を吐いた問題が発覚している。【酒井祥宏】
[毎日新聞 2007年8月30日] 』
(以上引用)


「性的暴言事件」のさくら苑で、またニュースになるような
大事故が起こってしまいました。
このニュースに関するブログを数十件見てみましたが、
介護職の方が書いている本音は「他人事とは思えない」です。
確かに、2人介助することになっていたのに1人で介助をしたことが
事故につながったと言われても仕方ないですし、
打ち所が悪かったのかもしれませんが、死亡事故というのは
ちょっと考えられないな、というのが私の正直な感想です。
入浴中の移動介助は、本当に慎重にしなくてはならないので。
ただ、「1人介護常態化」については、他人事ではないです。
私が仕事をしていた頃も、人手不足のため、2人介助で、
と言われている人でも、状況によってはやむを得ず
1人で介助することがありました。
入浴介助も、中と外が1人ずつの2人ペアで、中にいるのは実質1人でした。
おそらく、その辺りは他の介護現場も同じような状況だと思うのです。
もし、この事件がきっかけで入浴介助を手厚くしたとすれば、
フロアーの方が行き届かなくなり、別の転倒事故が起こる可能性があります。

以前からブログで書き続けていますが、マスコミも厚生労働省も、
起こった事故のことより、その背景にある介護現場の惨状に
しっかり目を向けて欲しいと思います。
もちろん、この事故は起こってはならないことですし、
亡くなられた方は本当にお気の毒で、ご冥福をお祈りします。
しかし、以前の性的暴言事件とはまた違って、
今回の事故については、根本的な解決を図らないと
現場はすさんでいくばかりです。

内閣改造で、桝添さんが厚生労働大臣になりました。
ご自身も介護経験があるということで、少し現場に目を向けてくれないかな、
と私は願っています。何か劇的に変革することは無理でも、
少しでも、この介護現場の叫びを政府が気づかないままでは
介護保険も破綻しますし(もうほとんどしてますけど)、
これからどんどん増える高齢者に不安は募るばかりです。

介護職の離職率

<介護労働調査>5人に1人離職 4割以上が就業1年未満
(毎日新聞 - 08月13日 21:21)
介護職場では年間で5人に1人が離職し、その4割以上が就業から1年未満だったことが
財団法人「介護労働安定センター」の介護労働実態調査で分かった。介護職場では
給与が低水準、福利・厚生が不十分などの問題が指摘されているが、「今の介護報酬では
十分な賃金が払えない」などの悲痛な訴えも多数寄せられた。
1事業所あたりの平均従業員数は30.5人で、正社員と非正社員がほぼ半々。
従業員の平均勤続年数は4.1年。過去1年間の離職率は20.3%で5人に1人の
割合となっている。このうち就業から1年未満の人は42.5%を占めた。
1年間の離職率はホームヘルパー以外の介護職(24%)の方が
ホームヘルパー(15%)より高かった。
平均月給は21万3837円で、ケアマネジャー(26万62円)、
看護職員(25万3266円)は比較的高く、ホームヘルパー(19万1250円)、
ホームヘルパー以外の介護職(19万3663円)は20万円を下回った。 【柴田朗】
《部分的に抜粋》

前から現場では切実な問題で、今更という感じがする記事ではありますが…。
1年未満の離職が多すぎですね。
でも、それも勤務条件を考えてみたら、当然という感じがします。
慢性的に人手が足りない職場で、研修もゆっくりさせてもらえず
いきなり一人で何でも対応しなさい、と言われ
人の命を預かる仕事なだけに、ミスも決して許されない。
さらに、高齢者と楽しく関わりたい、と思って入る人ほど
現場のバタバタぶりに、じっくり話も聞いてあげられないことに
ジレンマを感じると思います。
その辺りは、経験さえ積めば余裕の持ち方も分かってきますが
最初の2年は無我夢中になっちゃいますからね…。
結果、自信をなくす人、ゆっくり関われないことに失望する人、
ハードな仕事に体を壊す人…。
いろんな形で辞めていくわけです。
そして、現場は介護報酬で人を雇うために、
極限まで人員が削減されているので
どうしても、精鋭部隊が求められてしまいます。
もっと余裕があれば、この人の良さを活かしてもらえるのに…
という方でも、全体を統括して、かつ事故なく利用者さんのニーズを満たせる人材、
となると厳しくて、続けてもらえなくなる場合も多々あるのではないかと思います。
施設介護の離職については、このような理由ではないかと私は推測しています。
ホームヘルパーは意外に離職率低いですし。
これは時間で働けるのもあるし、施設のように集団介護ではないので
判断が自分ひとりになることがある、というリスクもありますが
比較的、ゆったりと利用者さんに関われるというメリットも大きいです。
給与面では、ケアマネジャーは金額は良い方だと思いますが
課せられる仕事が何でも屋的で、とても精神的に大変な仕事だ、と
経験している人からはよく聞きます。
楽な仕事はないですが、これからどんどん増え続ける利用者さん達を
支えていけるような体制作りは、どうすればできるのでしょうか。
やる気のある人が現場を離れる…。
賃金が安いから、というのももちろんですが、職場環境の劣悪さも
かなり拍車をかけていると思います。
まずは、この離職率の高さをどうにかしないと
「1年中、定数に職員数が達したことがない」という状態では
ますます、職場環境は悪くなっていきます。
介護報酬のみで経営しろ、というのが、無理な話のような気がするのですが…。
国は介護にお金をこれ以上かけるつもりはないみたいですが
これから、増えていく一方の高齢者の方々がどうなるのか、
不安でいっぱいです。
お金を貯めておいて、有料老人ホームを利用するか、
とにかく入れるまでは、介護地獄の中、家族で踏ん張るか…。
おかしい、介護保険って、家族で頑張るためではなく
サービスを活用して、介護を社会が担うために作られたはずなのに。
介護の話を聞くたび、ため息が出てしまいます。

高齢者医療の自己負担増

少し前の記事で恐縮ですが、気になっているので。

『きょうから高齢者医療の自己負担増、出産一時金アップ

 医療、年金など国民生活に身近な社会保障分野の新制度が10月1日からスタートする。
 医療分野では、現役並み所得がある70歳以上は窓口負担が2割から3割に上がる。
 また、長期療養の療養病床で入院する70歳以上の患者は、食費や光熱費など
 居住にかかる費用が原則、自己負担になる。相部屋利用の場合、
 現在月額2万4000円(食材費に相当)が月額5万2000円となる。
 ただ、難病や人工呼吸器が必要な患者は負担を据え置く。
 少子化対策では、出産育児一時金が30万円から35万円にアップする。
 一方、社会保険庁は来春スタートする離婚時の厚生年金分割制度により、
 離婚後の年金額を 事前に試算するサービスを始める。
 対象は50歳以上で、社会保険事務所に 年金手帳や戸籍謄本などを提出して申請する。
   (読売新聞) - 10月1日3時5分更新』

この件に関しては、いくつか分けて考える必要があります。
「現役並み所得がある70歳以上は負担が上がる」
これは仕方ない部分はあるかな、と思います。年金生活と、所得があるのとは大違いですものね。
しかし、「長期療養の療養病床で入院する70歳以上の患者は、食費や光熱費など
居住にかかる費用が原則、自己負担になる。」
これはちょっと厳しいと思います。それこそ所得格差はあるわけですし…。
今までが安かったのはあるのかもしれませんが、それにしても段階を踏んだ値上げを検討するとか、
そういうのは無理だったのでしょうかね…。
措置から介護保険になった時、自己負担が上がり、結局負担額はどんどん上がる一方です。
以前の国丸抱え方式がおかしかった、と言われればそれまでなのですが、
(ある施設では電話代すら施設負担だったとか…)
介護保険がうまく機能しているとは言えない現在、様々な負担のみが上がっていくようでは
高齢者のみの世帯の家計は、かなり厳しくなるのではないでしょうか…。
国が、一律の対策をいつも考えているような気がしてならないのが、疑問であり懸念です。
ちなみに、「少子化対策では、出産育児一時金が30万円から35万円にアップする」
これについては、便乗値上げしている産院が多いという噂を聞きました。
何のための値上げなのか~。

有料老人ホーム見学

先日、友人が勤めている新設の有料老人ホームの見学に行って来ました。
以前も記事で取り上げましたが、今、有料老人ホームは開設ラッシュで
あちこちに作られています。その中には、様々なセールスポイントがあるわけですが
友人が勤めている施設は、ごく普通の「家」としてのホームを目指している雰囲気でした。
食事は各階で調理の方が作ることになっているようでしたし、
外部の人との交流のようなことは、今の時点ではあまり活発に行うことは
考えていない様子でした。もちろん、今後の課題としてはあるようですが。
居室はホテル並に綺麗な部屋で、きっと若い人なら「ここに寝泊りできたらいいなあ」
と思うような、お洒落な造りでした。
でも、私が見た限りでは、やっぱり建築関係の方がデザイン重視で考えたような感じ…。
認知症の高齢者や、小さな子どもにとっては、考えられないようなものが「凶器」になる。
そういう視点で作られてはいないな、と思いました。
実際、ナースコールの位置が悪かったり、使いにくかったり、コネクティングルーム構造の部屋が
ベッドの位置によってはドアが開かないなどの問題はあるようでした。
まあ、この辺りは介護する人の手腕でカバーできる範囲なので、
「建築関係の人って、こういう建物が好きなのね」という結論で、
運営している法人が悪いわけではないですが、
いつも思うのは、建築関係にもっと福祉の視点を取り入れてもいいんじゃないか、ということ。
北欧の施設は、お洒落だけど使い勝手はとても良かったです。
それでいて、自分の家がまるごと移ってきたような居室でしたし。
北欧の福祉のシステムそのものを、日本にまるごと取り入れる必要はないし、無理ですが
せめて、こういうところだけでも真似できないものかしら。同じお金をかけるのであれば。

しかし、友人と話していて一番強く思ったのは、結局大きなウエイトを占めるのは
中で働く職員が、いかに利用者さんに対して「援助」を行うか、という点。
ここの施設は、建物は本当に綺麗で環境もいいですし、バックボーンがしっかりしているので
経営面でもやりやすいところがあるかと思います。
でも、中で直接援助をする職員の質が高くなければ、せっかくのハードも死ぬ、
ということかな、と思うのです。それはどこの施設も同じですね。
また、先日書いたことと重複しますが、有料老人ホームという特性を活かして、
ぜひ地域に開けた、外とも交流のできるようなホーム経営というのを考えてもらえたら、
というところです。友人は経営者じゃないので、そこまでは無理ですけどね(^^;;;
でも、やれたらいいな、という気持ちはあるようでした。
それにしても、「有料」と言っても、中で行うことはさして特養と変わらないな、
という印象は受けました。でも、お客様がお金持ち、というのはあるようですね…。
高齢社会、選択肢が広くできるのは、お金のある人だけ、という構図なのでしょうか。
日本の福祉ってなんだかなあ、と思います…。

性的暴言事件・続報

8/8に書いた「特養入居者に性的暴言」の記事に、アクセスが多数ありまして
改めて、この事件の波紋が大きく広がっていることを認識しました。
そこで、先日の記事についての補足も含め、この事件の続報について書きたいと思います。

性的暴言の特養「さくら苑」、処分見直しで施設長解任

東京都東大和市の特別養護老人ホーム「さくら苑」で、男性職員が女性入所者(90)に
性的暴言を浴びせた問題で、さくら苑を運営する社会福祉法人「多摩大和園」は9日、
当初の処分内容を見直し、玉川桜子苑長を同日付で解任して本部付とし、
男性職員2人も最終的な処分決定まで自宅待機とした。

問題発覚後、同法人は玉川苑長らを減給に、職員を5~7日の出勤停止処分としていたが、
批判が高まり処分を見直したとみられる。

今後、苑長を兼任する足利正哲常務理事は男性職員2人について
「介護の現場には戻さないだろう」とした。

また、第三者で作る人権侵害調査委員会と内部の改革委員会を新たに設置し
再発防止を徹底するとした。
(読売新聞) - 2006年8月9日20時48分

私自身も書きましたが、この事件を起こした職員に対する処分はとても甘いものでした。
懲戒免職になってもおかしくないことを、この2人はしているのです。
それなのに、出勤停止ということは、また介護の現場に復帰するのか?
誰もが持った疑問だと思います。
この対応からも、この施設を運営している法人の体質が分かってしまうと思います。
今回も、「介護の現場には戻さないだろう」と言ってはいますが、解雇はしないわけですね…。
介護の仕事に関わっていた私としては、わざわざ処分を見直してもそれか、と半ば呆れています。

その一方で、私が先日の記事で歯切れの悪い口調だったことについて。
私自身、この事件は決してあってはいけない事件だったと思いますし、ショックでした。
「許せない」と怒りを覚えている記事のブログも、多数見かけました。
私も彼らを許せません。被害に遭った利用者さん自身もお気の毒ですし、
真面目に介護の仕事を頑張っている人にも、大変失礼で迷惑なことだと思います。
ただ、何故単純にこの職員達を批判しなかったのか?と言えば、
現場の過酷な労働を考えると、ギリギリ危ないところにいるような気がする…
と思うフシはあったからです。
もちろん、この事件の問題職員のように、もともとの「意識」が低くて、
利用者さんを人として扱っていないことは、もう問題外です。
だから、現場でこういう事件が頻発している、とは思いません。あってはいけないのですから。
しかし、人手が足りないことによって、口調がきつくなってしまったり、
丁寧な対応ができなくなってしまったりする「瞬間」は、無限にあるのです…。
そこから、徐々にこういう事件につながってしまうとしたら。
それが怖いと思いましたし、温床かもしれない、それならどこにもあり得る、
と思ったからだったのです。

きっと今回の事件を受けて、行政や世間は、「介護という尊い仕事をしているのだから、
きちんとした対応を」と望み、締め付けはきつくなると考えられます。
意識の問題だけだったら、確かにどんなに忙しくても、すぐに気をつけられるとは思います。
でも、忘れて欲しくないのは、介護をしているスタッフはロボットではなく「人」なのです。
この問題が明るみに出たことで、職員の資質を向上させていくようにすることは大事です。
しかし、同時に、介護の現場の労働というものがどういうものなのか、
それも見直してみて欲しいと思うのです。

私の経験を少しだけ、書いておきましょう。
一緒に働いていた職員で、夜勤をやっていない人から
「夜ってナースコールがなければ、寝ていられるんでしょう?」と言われて
唖然としたことがあります。そんなこと、あるわけない。夜勤は16時間勤務ですが、
仮眠1時間以外は寝られません。利用者さん達が寝ていても、することはたくさんあります。
例えばケアプラン作成等の事務仕事、行事の準備、介護の記録など。
夜だからこそ、巡回の合間にそういう仕事ができるので、せっせと片付けます。
しかし、ショートステイ利用者さんの状況によっては、「仮眠以外5分と座れなかった」ことも。
実はその日の夜勤明け、仕事が終わった後、いつのまにか利用者さんをお部屋に送って
そのままその方の足元で、眠すぎて5分ほど意識を失ったことがあります。
(利用者さんには体重かけてませんよ!そして起きたら「疲れてたのね」って苦笑されました)
朝7時に早番が来るまで、1人で20人の対応をしなくてはなりません。
これは施設の構造上の問題もありますが、夜勤は本当に過酷でした。
でも、「一緒に働いている職員すら」そういう勤務内容をよく知らない…。
これは、世間の人達が分からなくても当然かな、と思ってしまいました。

今回の事件を受けて、現場も当然揺れています。
しかし、毎日の介護だけで手一杯で、このことについての職員同士の話し合いも
満足に行えない現状のようです。
私の元職場は、もう1年半近く欠員状態が続いていますが、
どこの施設も人手不足は深刻な問題です。
「人が多ければいい介護ができる」と、私は思いません。
なぜなら、今回の事件を起こしたような、根本的に間違った職員がいたとしたら
頭数だけ多くても、いい影響はないからです。
でも、どんなに素晴らしい職員だったとしても、物理的に体はひとつしかないわけですから
定数に満たないくらいの勤務体制が、ずっと続いていたら…。
それで、周りの求めるものだけが高い、というのは、つらすぎます。

正直、真面目で一生懸命、利用者さんの求める介護をしていきたい!
と希望を持って現場に入ってきた人ほど、打ちひしがれて辞めたくなるような、
介護の現場というのは、そういうところです。
私は、その中で必死に、利用者さんのことを考えつつも、自分が壊れないで仕事をできる方法、
というのを探って仕事をしてきたつもりです。
しかし、結局昨年退職という選択をしたのは、「仕事を第一に考えないとやっていけない」
と思ったことが大きいところでした。
まあ、これは私自身の考え方の問題もあると思うので、深く言及はしませんが、
ひとつだけ書いておくとすれば、「家庭より仕事を優先せざるを得ない」部分が多すぎました。

本当にこの仕事が好きな人ほど、辞めなくてはならない…
そんな状況だけは、どうにかならないのかな、と思いつつ、
私が介護の仕事に就いた頃から、ずっとそれは変わっていません…。

有料老人ホームの入居者獲得合戦

今日からブログ再開しました。
週2回更新予定で、のんびりやっていきますので、宜しくお願いします。
おそらく、週1回分は介護の話題になると思います。新連載の準備も進めています。

さて、今朝「特ダネ!」を見ていたら、「有料老人ホームの入居者獲得合戦」について
特集していました。今、有料老人ホームは増加傾向にあり、特に世田谷区は激戦だとか。
そこで、いろいろな趣向を凝らしたホーム経営をしているようなのですが、
「地域に密着する」というキーワードは、やはり重要なようですね。
食堂を地域にも開放しているホームが紹介されていました。
私は、以前からずっと言っていますが、いっそ「高齢者」という枠を外してしまって
障害者も入居できるようなシステムを作り、そこに保育園も併設して子どもも預かって、
地域のセンター的役割を担うような施設作りをするのが、いろんな問題を一度に解決できて
いいような気がするんですよね。まあ、こういう施設はきっと「管轄が違う」といった理由で
なかなか作ることができないんだろうな、と思うのですが…。

これだけ有料老人ホームが増えているのも、特別養護老人ホームの待機人数の多さや
療養型施設の廃止、そして先日書いたような療養病床の削減といった、老後に対する不安が
「高いお金を出しても、安心して死ぬまで住めるところに…」というニーズにつながり、
結果、介護ビジネスへ発展したのだろうと思います。
しかし、生涯の最期をよく生きるため、お金を惜しまないとはいえ、
やはり高い買い物なだけに、入居する側は慎重になります。
お金儲けだけではなく、ホスピタリティーも発揮したような、新しい形のホームが誕生すれば
この「競争」にも意味があるのではないか、と私は思っています。
また、建物などのハード面がいくら良くても、中で働く人の質の問題は一番重要。
この分野に進出している、民間企業がどのように工夫を凝らして作り上げていくか、
期待して動向を見ていきたいと思います。

参考リンク:「あいけあ」日本有料老人ホーム紹介センター

介護型の療養病床は廃止へ

リンク: @nifty:NEWS@nifty:介護型の療養病床は廃止へ(共同通信)
ついに来ましたか、こういう話。
療養型が作られた時から懸念はありましたが、実際のところ私が以前勤めていた施設でも
医療依存度の高い方は多かったので、療養型はある程度必要だと思っていたのですが…。
と言いますか、以前自分のHPの「福祉のお話」という介護を語るコンテンツでも取り上げましたが、
正直、私には「特別養護老人ホーム」と「老人保健施設」がどこを目指しているのかも迷走気味に思えます。
在宅に戻るための通過施設にするのであれば、今のポイント制による入所はおかしいですし
在宅介護のサービスをもっと厚くしていく必要がありますが、全然体制は整っていません。
また、家に戻ることが目的なら、今特養でなされている介護だけでは不十分でしょう。
在宅での生活を見据えた介護に切り替える必要性があります。
施設というのは、何だかんだで道具もハード面も整っていますからね。
逆に在宅で極限まで頑張った結果として入るのが特養なり老健であるならば、
重度な方がほとんどということになるので、終の住みかであるはずです。

このニュースで報道されているような、医療が必要な方は療養型介護施設ではなく
病院に行け、ということなのでしょうか。
でも、実際は社会的入院が問題になって、こういう話が出たはず…。

こういうことをトータル的に考えられる人が少ないような気がします。
私自身もまだまだ勉強不足なのでその一人ですが、結局福祉畑出身だと
サービス面や経営面に目が行かず、福祉畑以外の人はビジネスになりがちなので
切捨て型になりやすい傾向があります。
そこをうまく折衷案が出せて、新しい形の老人介護を模索しないと
これからも増え続ける高齢者にどう対応していくのか…非常に心配です。

介護のベース ⑥疑似体験の大切さ

週一連載シリーズ「介護のベースになること」です。
介護のベース ①介護する上で絶対必要な支柱
介護のベース ②全体を見ること、個を見ること
介護のベース ③優先順位とポイントをつかむこと
介護のベース ④意識的な下地 その1
介護のベース ⑤意識的な下地 その2

介護のベースになること、最終回です。
ラストは疑似体験の大切さについて。

私が学生の頃、自分は五体満足なのに、障害のある方の思いを
理解していますよ、というととても傲慢に思える、ということで
随分悩んだことがありました。
それに対する答えは「貴方の痛みは貴方のものだけど、
それでも自分は貴方の力になりたい」ということを核として
心の中に持って、伝えていくことであって、同じ障害を得ることではない、
ということでした。痛みを完全に理解することはできなくても、
理解しようという思いが伝わることが大切、ということです。
今でも、自分が「分かったフリ」をしてしまっていないか、
そう相手に伝わってしまっていないか、時々我が身を振り返るようにしています。

さて、それを前提として。
介護される側の思いというのは、介護する側の私達には計り知れないものがあります。
しかし、相手の立場を慮る、相手の思いを汲み取ろうとすることで
少なくとも、相手が心地よく介護を受けられるかどうか、という点は
変わってくると思います。
先日、新人研修で私が実際に受講者にやってもらったことなのですが、
自分がギャッジベッドに寝て、ギャッジが上がるとどんな感じがするか
体験してもらうことでした。
意外に背中がつっぱったり、姿勢が悪くて食欲が沸かない感じがしたり、
そういうのが実感として分かるという点で有益だったと思います。
私も自分が介護技術を勉強した時、ミキサー食のからあげやマカロニサラダを
食事介助を受けて食べたことがありましたが、美味しいと思えませんでした。
特にオレンジジュースのトロミアップは最悪の味でした。
今のトロミアップは当時のものよりは、少し改良が加わっていると思うので
味も大分ましになっているのではないかと思いますが、
こういうのを実際に体験してみると、自分の感覚として頭に残るので
相手をいかにして快適な状態にできるのか、自然と考えていけるようになると思います。

今は人に対する想像力の欠如が言われる時代ですが、介護分野においては
この想像力が欠けていることは致命的です。
第一回目にも書いた事例ですが、帰宅願望の利用者さんが、
何度も何度も同じことを訊くと本当にイライラします。
しかし、相手にとっては「今、初めて聞こうとしているし、分からないから不安」なのです。
それが分かっても、何十回も訊かれればうんざりするのは確かだと思いますが
少なくとも、怒鳴るような対応はなくなるだろう、と私は思っています。
だから、想像力を働かせられるようにアンテナを敏感にしておかなければいけませんし、
想像力といっても自分が体験したことのないことだと難しいから
疑似体験をしてみると効果がある、ということなのです。
介護の仕事を目指している人は、ぜひ車椅子体験や街のバリアフリー体験、
食事介助を誰かから受ける、といったことをしてみて下さい。
きっと自分が思ってもみなかったことで不快を感じるに違いないですから。
そういう感覚が大切なのです。

今回でベースになることについての説明は終了です。
次からは、介護の専門性を検証していきたいと思います。

介護のベース ⑤意識的な下地 その2

週一連載シリーズ「介護のベースになること」です。
介護のベース ①介護する上で絶対必要な支柱
介護のベース ②全体を見ること、個を見ること
介護のベース ③優先順位とポイントをつかむこと
介護のベース ④意識的な下地 その1

介護ブログ第5回です。またまた更新遅れましてすみませんでした。
今日は、介護の下地となることの第2回です。
「いい加減な仕事をしないという責任感」と「その人の障害だけを見るのをやめる」
ということについてお話ししたいと思います。
ものすごく当たり前の話なのですが。
「いい加減な仕事をしない」これは、どんな仕事にも通じると思いますが、
お金をもらって仕事をしている以上、その人は「プロ」です。
プロであるからには、自分の技術に責任を持って、サービスを提供する必要がありますし
常に、自分の技術のレベル維持・向上に努める必要があります。
とはいえ、私達は人間ですから、その日の体調や精神状態によって
多少の振れ幅は出てしまうことがあるかとは思います。
また、利用者さんとの相性の問題もあるでしょう。
しかし、それを言い訳にせず、いかに振れ幅を小さくして日々の仕事をこなすか、というのが
本当の専門職、プロであると思います。
これについては、厳しいようですが、入りたての新人であろうが、
何十年も勤めて来たベテランだろうが、利用者さんには同じように求められます。
慣れないから上手く出来ない、というのはあったとしても、
慣れないから出来ない、というのは現場では通用しません。
その方の生活を支えているわけですから、利用者さんにとっては
まさに日々の生活がかかっているわけです。
技術がつたなくても、一生懸命やっていれば、その心は伝わります。
しかし、技術が高くても、責任感のない人の態度もすぐに伝わります。
誠意のない態度が一番、利用者さんにとって悲しい対応ですし、サービスとして最低です。
なので、私は「いい加減な仕事をしない責任感」はすごく大事だと思います。
蛇足ですが、「良い加減」を追求するのも、別の意味で大切なことです。

もうひとつの「その人の障害だけを見るのをやめる」ですが、
介護のサービスを利用されるお客様は、何らかの障害を持っていらっしゃる方です。
身体的であったり、精神面であったりしますが、そのことにより、日常生活を営むのに
援助が必要だから、サービスを利用されているわけです。
しかし、だからといって「普通とは違う人」と思って対応するのは良くないことです。
例え認知症で、短期記憶がうまく働かなくなっていたとしても、
その方の優しさや出来ることを活かす対応というのは必ずあります。
ノーマライゼーションの考え方で、その人が障害を持っていても
障害のない人と変わりなく生活していける環境を整える、というのが
ありますが、まさにそれという感じがします。
住環境を整えること、そしてその中での生活を支えること、
それらを提供するのが社会福祉であり、介護であると思います。
そのためには、ケアマネジャーや福祉住環境コーディネーター、医師、看護師、
保健婦などいろいろな専門職の参加が必要になってきますが、
出来上がったプランにのっとって、実際にサービスを提供していく上での
キーになるのは、介護職です。
利用者さんの障害を把握することは大事ですが、同時にそのことだけでなく、
利用者さんの健康な部分にも目を向けていってほしいです。
とっても大変なことですけどね。日々の業務があると、どうしても
そこまで手が回らないことも多いですし。
しかし、このブログで今書いているのは、「このことは忘れないで
介護に臨んで欲しい基本」なので、意識のどこかには置いて欲しいな、と思います。

介護のベース ④意識的な下地 その1

週一連載シリーズ「介護のベースになること」です。
介護のベース ①介護する上で絶対必要な支柱
介護のベース ②全体を見ること、個を見ること
介護のベース ③優先順位とポイントをつかむこと

今週は体調不良のため、UPが土曜までずれこんでしまいました。お詫びいたします。
なので月曜連載を週一連載に変更してみました。
これからも週一度のペースでこの連載は更新していきます。

さて、今日からは介護をしていく上での「下地」です。
「ベースになること」と意味合いは似ていますが、ここでの話は「意識的なところの下地」です。
1回目は「お客様であるという認識」と、「生活を見させてもらっている」という2点です。
まず、相手は介護が必要な高齢者ではありますが、あくまでも介護する側から見れば
「サービスを利用して下さっているお客様」です。私は、便宜上「利用して下さっている方」
という意味で「利用者さん」という表現を使っていますが、事業所によっては「お客様」という
呼称を使っているところもあります。
この意識を忘れてしまうと、介護をする側>介護を受ける側 という図式になりがちです。
これは無意識になっていってしまうので怖いです。主体は利用者さん=お客様であるはずが、
いつのまにか、主導権を介護する側=サービス提供者になってしまう。
たとえ相手が認知症や体の衰えで甘えてしまい、子どものような態度だったとしても、
相手は人生の先輩であり、これまで社会を支えてきた方達。そして、貴方のお客様です。
このことは常に頭のどこかに入れておきましょう。
よく、現場では(特に施設では)言葉遣いについて問題に挙がることがありますが
少なくとも、相手がお客様であることを忘れなければ、耳障りの悪い言葉遣いをすることは
なくなるだろう、と私は思っています。くだけた言葉遣い自体が悪いのではありません。
相手に対する認識が言葉遣いにも出てしまう、ということなのです。
生活の場である、ということを考えると、すべてが敬語である必要はないと思いますが
出来るだけ丁寧な言葉遣いを心がけるといいと思います。

次に、「生活をみさせてもらっている」ということ。
私は、介護の仕事は命を預かる仕事だと思っています。でも、これはいわゆる一方的に
保護する、という意味合いではなくて、人生という生活のお手伝いをさせてもらっている、
その中で事故のないよう、その方の命をも注意して見ていく必要がある、という意味です。
主軸はあくまでも、その方の人生、生活です。今まで出来ていたことが、障害や老化で
徐々に出来なくなっていきますが、その人の今までの人生を出来るだけ尊重しつつ、
その人らしく最期まで「生きる」ことの援助。これが介護の本質だと思います。
生活をみることはトータルで関わっていかなくては無理ですから、ご本人の状況、
ご家族の状況、社会資源の活用など、様々な分野からのアプローチが必要で、
ケアマネを中心としたチームで関わることになりますが、実際日々介護に当たる
介護スタッフが、その方の生活の全体像と個別のアプローチの両方を意識していかないと
よいサービスの提供にはつながっていかない、ということになります。
この「生活をみる」ということが、実は介護の専門性に他ならないと私は感じていますが
なかなか、このことが理論的に構築されないので、介護には専門性というものが
確立しないのだと思います。今後、このブログ連載でそのあたりも突き詰めていきたいです。

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