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30日間マクドナルド生活2

去年の4月。私のブログで「30日間カップ麺生活」を紹介させてもらいました。
その時の記事はこちら
その後も、「30日間0歳生活」「30日間避難訓練生活」を経て、
30日間マクドナルド生活―自分の体で実験してみました」を出版したケイジさん。
私は彼の書くブログをずっと追いかけていますが、毎回、企画について彼が記事を書く際の
鋭い洞察力には舌を巻きます。
そのケイジさんが、今「30日間マクドナルド生活2」をやっています。
今回で30日間生活は締めくくりだとのこと。前回より厳しいルールで、
30日間マクドナルドを食べ続ける生活を頑張っています。
今、この記事を読んでいる方は「何でそんなことを」「ネタ?」という反応がほとんどでしょうが
ケイジさんは、「スーパーサイズ・ミー」のスパーロック監督が、マクドナルドを食べ続けて
体を壊した、ということについて、検証をするため、自らの肉体で試しているわけです。
そこには、「マクドナルドを食べ続けるから太る」のかどうか?ということ、
さらに言えば、「マクドナルドを食べ続けるから太る」という情報を鵜呑みにしてはいけない、
ということに対するメッセージが詰まっていると思うのです。
今回、再度マクドナルド生活にチャレンジしている理由は、出版された本に対する反響や
その他もろもろの事情があるようですが、いずれにせよ、ケイジさんが30日間チャレンジすることで
いろいろ考えたことが、ブログに掲載されていくわけですから、読み応えがあると思います。
ぜひ皆様も一度、見に行って下さい。そして応援してあげて下さいね。

誕生日バトン

今日は番外編。Rさまから頂戴しました、「誕生日バトン」です。
面白くない回答になってしまいましたが、とりあえず(汗)

【1:あなたの誕生日はいつですか?】
6月27日。
ヘレン・ケラーや小泉八雲、大高洋夫さんと一緒です。

【2:自分の誕生日で良かったと思う日はある?それはどうして?】
6月生まれということ自体は不満はないですね~。
ただ、母親と1日違いなので、いつもいっしょくたに誕生日祝いでした。
ちなみに、母は初産だったのに、私が2週間も早く産まれてきたので
「あんたはせっかちな子だ」と言われています。

【3:理想の誕生日プレゼントは?】 
お祝いしてくれる気持ちが、一番嬉しいです。感激!
基本的には、「お母さん、産んでくれて有難う」な日だと思うので。

【4:現実は?】
ここ数年は、特にお祝いをするということもなく(笑)
子どもの頃は、ちゃんとパーティーしてもらっていましたけどね。

【5:今まで貰った誕生日プレゼントで思い出に残ってるモノはありますか? 】
夫が花束買って来てくれた時は、マジで驚きました!
絶対そういうことするタイプだと思ってなかったので(^^;;;
友人からもらったものでも、すごく嬉しかったものはたくさんありますよ~。
でも、どちらかというと友人達のプレゼントは、退職する時にくれたものが感涙だったかな。

【6:逆に今まであげた誕生日プレゼントで思い入れのあるものはありますか?】
何だろう。
夫の母にプレゼントした時が一番悩んだかな。いろいろ考えて購入した覚えがあります。
気に入って下さったかどうかは分からないけど、気持ちは伝わったと思うので嬉しかったです。

【7:人の誕生日は覚えている方? 】
誕生日自体は覚えていても、当日を過ぎてから思い出してしまうこともあるし
そういう意味で「詰め」が甘いです、私…。不義理な人間でごめんなさい。
あと、実は誕生日知らない方もいらっしゃると思うので、教えて下さると嬉しいな。
お祝いするのは大好きなのです♪

【8:いつか誕生日プレゼントに、恋人から年の数だけ薔薇は欲しいですか? 】
薔薇の花はそんなに好きではないので、もらうなら違う花の方が嬉しいかも~。

【9:自分の誕生日の月の数だけ回して下さい。】
回す人、6人もいませんから!
というわけで、ここでバトンを置かせて頂きます。

東野圭吾「さまよう刃」を読んで

「何の罪もない愛娘が、蹂躙され殺されてしまった。
その事実を密告電話で知った父親は、犯人達に復讐を誓う。
1人を殺害、逃亡し、2人目を探し回る父親。
警察、マスコミ、一般人。父親の行動を肯定することはできないが、否定もできない…。
この復讐劇の結末は!?」

《著者からのコメント》
他人事ではない
明日にでも、この物語の『誰か』に
なるかもしれない
その時あなたの『刃』は
どこに向けられるだろう?      東野圭吾


…衝撃でしたね。
テーマとしてはよくある「レイプ殺人」「少年法」「仇討ち」といった内容ですし、
淡々と書かれた文章に違和感を覚える方もいらっしゃると思います。
(東野圭吾は「白夜行」でもそうですが、登場人物の心象表現を極力削った切り口で
文章を書き綴る傾向があると思うので、クセはありますね。)
じゃあ、どこが衝撃だったのか、というと、何も落ち度がない15歳の少女が、凄惨な目にあった上殺され、
その犯人は、罪の意識どころか「困った」くらいにしか思っていない…。
しかも、犯人は少年であるがゆえに、法では守られてしまう。
その不条理を痛感するとともに、復讐を決意する父親の思いが痛いほど分かってしまうところ。
私もこれから人の親になろうとしているわけですが、もし自分の子がそんな目に遭ったら…。
復讐は良くないことです。死刑に対しても、賛否両論あります。
しかし、私は「悪い事をした」ことを、悔いることができない人も世の中にはいるし、
そういう人が法に守られることに対し、とても違和感を覚えます。
光市の母子殺人のニュースや判決を見て、被害者の立場の弱さというものに
何故?という疑問を感じたことも事実です。
ただ、根本的なことを言えば「人が人を裁くことができるのか?」ということが、全てにつきまとうので
一概に「こうだ!」とは言えないのが難しいところ。
この作品では、様々な立場の人物が、父親に対して同情を感じながらも、
やはり「復讐」を遂げさせることが良いこと、という結論には至っていない葛藤が描かれており、
非常に考えさせられました。
また、強く感じたのは、「被害者にも、加害者にもならないような子育てとは何か?」でした。
この作品に出てきた少年の中に「引きずられてしまった」子というのがいました。
彼自身は鬼畜な行為自体には関わっていませんが、車を貸したり、誘拐現場に居合わせたりしています。
脅されて怖いから…。そういう理由で、「加害者側」になってしまう子もいるし、
手伝いだったとはいえ、彼のやったことは明らかに犯罪。
恐ろしくなりました…。
「うちの子に限って」という言葉、使いたくないですね…。
でもどう子育てしたら、人ときちんと信頼関係を築ける子になれるか。
これからの私の課題になると思います。そういう意味で、この本は非常に重かったです。
まさに、作者の言葉通り「他人事ではない」話でした。
ひとつ、思ったのは、自分が「痛い」経験をした子は、人を思いやれるようになる、ということ。
自分自身の過去を振り返っても、傷ついたり傷つけてしまったり、を繰り返して
少しずつ、人との距離やいい関係を作れるようになってきたように思います。
ただ、その時に人のせい(世間のせい、親のせい)にしてしまう子は、成長はない。
この作品の犯人達のように。
そこなんだろうな、と思いました。どう教えていけるか、自信はないけど…。

しかし、少年法というのは誰のための法律なのでしょう?
確かに、「若者は間違う、更生の機会を与えるべき」というのも良く分かります。
でも、今は明らかに、更生も何も、確信犯じゃないの!自分のしたことを悔いてもいない、
と思うような事件もたくさんあって…。
被害に遭った側が辛抱することになる、というのも不条理だと思います。
「許す」ことは大事だと思います。そのことによって、更生できる加害者もいるでしょう。
しかし、それは犯罪を犯した年齢で決まることではないように、最近では思えてなりません…。

それにしても、胎教に悪そうな本でした(苦笑)
P.S.バトンを回してくださったRさま、近々UPさせていただきますね☆

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