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厄年の考え方

「厄年」と聞くと、いろんな災厄が降りかかる年、と考える方が多いと思います。
災厄がどっと降りかかるということはないにしろ、その年齢の前後は体質が変わったり、
生活環境が変わったりすることで、体調を崩しやすい、ということからの警告的意味合いで
「厄年」というのが言われているのだ、と思います。
実際、私も大厄を経たら、体質が変わりました。アレルギーに弱い体質になってしまいました。
それと、やはり30を過ぎたら無理のきかない体になりました。
無理したら無理した分だけ、後で思ってもみない時にしっぺ返しがきます。

さて、厄払いなのですが。
私は無宗教の人間です。でも、自然の恩恵というか、自然界の摂理というか、
そういう大いなるものに対しては、尊敬と感謝の念を持っています。
なので、神社の雰囲気は好きですし、八百万の神という考えも割と好きです。
言霊とか、物に宿る神様といった考えも、いつも信じているわけではありませんが、
自分の中にある考え方に近いなあ、という感じがします。
「厄払い」は神社の営利主義によるものではないか、と考える方もいるかと思いますが
私は、「厄」そのものは存在しないとしても、あの一連の儀式は、自分にとっての修行で
(普通、15分近く寒いところに正座して、じっとしているってことがないでしょう)
それを受けることで、自分の心の歪みを直している、というイメージで捉えています。
「それならわざわざ、お金払って受けなくても大丈夫よ」という方は、厄払いは無駄だと思うので
受けなくていいと思うのです。
自分流の、自分を正す術を持っている人はそれでいいのです。
また、私は厄払いは、自分の生き方を振り返って、いつも支えてくれている方や環境に
感謝をする場だと思っています。そういう気持ちにさせてくれる雰囲気があるのです。
厄払いは「初穂料」がいくらから、と決まっており、あとは「お気持ち」でお金を納めます。
現代では、神社に行く機会は初詣、七五三、お宮参りくらいで、
後はほとんど生活に密着しておらず、だからこそ「神社にお世話になっている」という気分が
まったく沸かないので、その初穂料も高く感じられることでしょう。
だから、神社にあまり親しみを感じない人は、わざわざ厄払いを受けることはないと思います。
ちなみに私の場合は、昔から図書館が神社の境内にある、という環境で図書館に入り浸って
生活してきた経緯があるので、いつもその神社で厄払いをお願いしています。

と、まじめに書いてきましたが、オチ。
私、前世が巫女、ってどんな占いでも出るんですよね。
神社や森が好きなのはシャーマン体質だからかなあ?(笑)

今日からブログデビュー。

本日からブログを書き始めました。
いろんな話題を書いていきたいと思っていますので、
どうぞよろしくお願いします。

さて、今日はさっそくですが、風邪引きな私です。
体調を崩していると、何かとマイナス思考になりがち。
なので、今日は短めに。
昨日で退職した私の目下の悩みは、「保険証がない!」
…どうやって医者にかかればいいんだろう。
そう思って、いろいろネットで調べたところ、
まずは失業保険を受けるかどうかによって分かれる、ということが判明。
次に失業している人は自分で国保の手続き。扶養に入る人は、扶養の申請をするらしい。
…いずれにせよ、早く元気になって手続き行かなきゃ。
ううう~。
病院かかるのに、元気にならなきゃかかれない、って、冗談みたいな話ですよね。

ところで、病院からもらった薬は効きます。
薬が切れると、とたんに咳がひどくなります。
これは、つまり「治ってない」ということに他ならないわけですね。
薬っていうのは、「対症療法」でしかないので、楽にはなるけど
それで楽になったからって無理しちゃダメってことでしょう。
咳が出なくて楽になった分、横になってゆっくり寝ろということですね。

いずれにせよ、早く治します。治ったらいっぱいブログで書きたいことがあるので~。
今日はこの辺で。

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